Taro
Tsurumi
シンポジウム
帝国と民族のあいだ
パレスチナ/イスラエルをめぐるもうひとつの層
二項対立図式に落とし込まれがちなパレスチナ/イスラエル。これに対し、今から半世紀前、板垣雄三は「n地域論」を提唱し、権力構造の非対称性ゆえに生じる三者関係の動態に光を当てた。本シンポジウムは、この視座を発展させ、「帝国」と「民族」がせめぎ合う紛争や支配・被支配関係が継続するなかで人びとが生きるもうひとつの層に着目し、パレスチナ/イスラエルをダイナミックに捉えていく。また、そのような地域研究、歴史研究のための対話の場としたい。
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プログラム
10:00-10:10
趣旨説明
鶴見太郎・今野泰三 パレスチナ/イスラエルの変わらない構造―「n地域論」のその後
各報告18分
10:10-13:00
第Ⅰ部 重層性の現在形
髙橋宗瑠 民族自決権と武力抵抗の権利(オンライン)
江﨑智絵 ハマースにみる内政と外交の連動―その指導者間関係に着目して
山本健介 トランプ政権の中東和平政策とエルサレムの聖地問題―ラフマ門事件(2019年)を事例として
<5分休憩> 11:05頃
錦田愛子 中東和平の諸提案―共存と占領をめぐる政治構想の変遷
役重善洋 ジェンタイル・シオニズム再考―パレスチナ問題認識をめぐる闘争の現段階
コメント 末近浩太
質疑応答 12:05-13:00
<昼食休憩>
14:10-17:00
第Ⅱ部 埋もれた層を掘り起こす
今野泰三 ベドウィンが生きた帝国と植民地主義―パレスチナ北部のバイサーン地方を中心に
田浪亜央江 委任統治期パレスチナにおける独立運動と汎アラブ主義の相克―アクラム・ズアイテルの回想録を
手掛かりに
鶴見太郎 集合的記憶の入植―ロシア東欧におけるポグロムとパレスチナにおける暴動/反乱
<5分休憩> 15:05頃
金城美幸 帰還の意味の広がり―パレスチナ難民と「48年国内避難民」の経験から(オンライン)
鈴木啓之 「無名」パレスチナ人と離散の記憶―難民化とアイデンティティの葛藤
コメント 宇山智彦
質疑応答 16:05-17:00
17:10-18:00
総合討論 司会:鶴見太郎+今野泰三
<懇談会> 18:30-21:00 ※関係者のみ
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報告要旨(報告順)
髙橋宗瑠 民族自決の権利は国際法の基本原則の一つと認められており、世界人権宣言と並んで「国際権利章典」の法文書であり、国際人権法の土台とされている「市民的及び政治的権利に関する国際規約」そして「経済的社会的及び文化的権利に関する国際規約」の共通第1条をなしている。しかし民族自決の権利の具体的な内容は依然として明確でなく、政治性の高い問題であるだけに、国際法の中で確立していない。少数民族や先住民族が民族自決権を行使するための武力に関しても、国際法の中でははっきりしないままである。武力の行使は国家の特権という伝統的な見解が支配的といえるが、例えば国際人道法は植民地支配に対する武力抵抗を正当と認めている。確立しつつある規範として、武力抵抗の権利を考察する。
江﨑智絵 ハマースは、2017年10月、ファタハとの和解合意を締結した。こうした内部和解の動きは、イスラエルによる反発を招いてきたが、ここには、ハマースに焦点を絞ってみてもパレスチナという文脈での内政と外交が連動するという側面を見出すことができる。ハマースの動向が中東諸国や欧米諸国の反応を招き、ハマースがそれらへの対応を行うという、ハマースと国際社会との間に循環的な関係性が生じてきたことを踏まえれば、この内政と外交の連動は決して目新しいものではない。しかし、ハマースにおいては、その指導部がハマースにとっての内政の場であるパレスチナの外にも存在するという組織的特徴の影響を考慮する必要もあろう。本報告では、こうした観点から、2017年のファタハとの和解の背景にあるハマースの指導者間関係を論じる。
山本健介 本報告は、トランプ米政権(2017-21)の中東和平政策を背景として、ヨルダンの対エルサレム政策とパレスチナ人による闘争の相克を取り上げる。トランプ政権の中東和平政策によって、この時期のヨルダンは、親米国でありながらアメリカや周囲の同盟国と緊張関係を抱えていた。特にヨルダンの体制維持にとって重要な「聖地の監督者」という伝統的な地位が危機に瀕していた。そうしたなかでヨルダンは強気の政策を展開し、2019年にエルサレムで起こったラフマ門事件のきっかけを作ったが、ヨルダン以上に強硬な姿勢を取ったパレスチナ人とのあいだでは軋轢が生じた。本報告では、こうしたムスリム内部の立場の多様性を描写し、エルサレムの聖地問題をめぐる重層的な利害関係の構図を明らかにする。
錦田愛子 1993年のオスロ合意を受けて、国際社会はパレスチナ・イスラエル紛争の解決のために、それぞれの国家の併存を認める二国家解決を目標として推進してきた。しかしトランプ政権による和平提案や、ネタニヤフ政権下で出された入植地併合計画など、2000年以降この地域では、占領の追認や既成事実化にもとづく紛争処理が公に論じられるようになってきた。そこにはパレスチナの占領という問題の意図的な忘却と、強者の論理にもとづく紛争解決の意図が垣間見える。本報告では、これら中東和平をめぐる諸提案の変遷について政治構造の転換という観点から読み解いていく。
役重善洋 ガザ地区に対するイスラエルの攻撃がエスカレートする中、「西側諸国」と「グローバルサウス」の外交姿勢の違いは、パレスチナ問題に対する深い認識ギャップを印象付けるものとなっている。本発表では、このギャップの歴史的起源を考える上で、欧米キリスト教世界における排他的政教関係、とりわけ、反ユダヤ主義とイスラーム嫌悪の伝統を背景とするジェンタイル・シオニズムの問題が重要であることを示す。また、近年非キリスト教地域においても、例えばインドのモディ政権による親イスラエル外交を支えるかたちで、ヒンドゥー原理主義グループによるシオニズムに対するイデオロギー的接近を見ることができ、ジェンタイル・シオニズムの問題が「欧米キリスト教世界」に限定されない拡がりをもつことが示されている。ヨーロッパ/非ヨーロパといった単純な二項対立理解に陥らないかたちでこの問題を考える視点を提起したい。
今野泰三 イスラエルを建国したシオニストらは、1947年から1948年にかけて、先住パレスチナ人に対する民族浄化を行った。それ以降も漸進的にパレスチナ人から土地を収奪し、パレスチナ人を狭い領域へと閉じ込めて抑圧することで、ユダヤ系市民の特権的地位を維持してきた。近年、こうしたイスラエルによるパレスチナ人に対する暴力は、入植者植民地主義(settler
colonialism)という概念で一般化・理論化され、他地域の事例との比較研究も進められている。だが、入植者植民地主義の概念に基づく研究は、植民者を分析の中心とし、先住民族を客体化して脇役にしてしまう傾向を批判されている。本報告は、そうした入植者植民地主義研究の問題点を踏まえ、パレスチナ北部バイサーン地方のパレスチナ人――特に遊牧と農業を生業とする移動生活者(ベドウィン)――を分析の中心に据え、彼ら/彼女らが、1948年までの期間に、どのように欧州列強とシオニストによる植民地化を経験し、それに抵抗していたのかを考察する。
田浪亜央江 本報告では、ヨルダンの外交官・外務大臣などとして活躍したパレスチナ人アクラム・ズアイテルの1930年代前半の回想録に依拠し、ナクバ前のパレスチナにおける汎アラブ主義がパレスチナ人の抵抗運動に与えた影響を考察する。ズアイテルを中心とする若者グループがインドの市民的不服従運動を参照しながら武装抵抗戦略を発展させてゆく一方、彼が若手メンバーとして汎アラブ主義政党であるイスティクラール(独立)党の創設に関わり、独立後のイラクがインスピレーションの中心となるなかで、解放のビジョンが国家的制約下におかれる経緯を整理する。
鶴見太郎 1920年と1921年、そして1929年にエルサレムほか諸都市で発生した反シオニスト暴動/反乱は、シオニストとアラブ先住民とのあいだで発生した最初の本格的な暴力的衝突だった。これはアラブ住民から見れば、次々に入植し、ユダヤ人の領域的な拠点を作ることを公言するシオニストに対する抵抗の意思を示したものである。ところが、シオニストは、1918年から1922年の旧ロシア帝国領における内戦期に発生した、それまでの比でない規模の凄惨なポグロムのアナロジーでこれらの諸事件を報じたのである。「ポグロム」という言葉が充てられただけでなく、その基本的なプロットもポグロムの描写に類似していた。パレスチナにおける人びとの出会いは、東欧での集合的記憶が交錯することによって初期の段階から歪むこととなった。
金城美幸 和平交渉が長らくとん挫してきたなか、イスラエル建国(1948)によって追放され故郷を破壊された難民の故郷への帰還権の実現可能性は遠のいているように見える。しかし、パレスチナ難民のコミュナルな語りや営みを観察すると、破壊された故郷への訪問を通して、帰還を実践として経験している現実がある。またこうした故郷とのつながりは、同じく1948年に故郷を破壊されながらも避難先がイスラエル領となったためにイスラエル国籍を得た国内避難民にも見て取れる。国際法や和平交渉上の位置づけでは、パレスチナ難民とイスラエルの国内避難民は異なる法的地位を持つとされる。これに対し本稿では、故郷喪失後も村落単位でのネットワークを維持し、破壊された故郷を訪問するパレスチナ難民や国内避難民の活動から、パレスチナ人のなかの故郷喪失者にとっての「帰還」の意味を検討する。
鈴木啓之 本報告では2000年代に刊行されたパレスチナ人による回顧録を資料として、ナクバを経験した最後の世代が次代に書き残した記憶を辿る。特に着目したのは、一時は政治活動(パレスチナ革命)に身を投じ、パレスチナ解放運動に深く関わりながら、挫折や決別によって離脱していった2人の人物による記述である。パレスチナ現代史では、これらの人物はほとんど「無名」の存在と述べて構わない。離散と抵抗、挫折を経たアイデンティティ形成の葛藤を読み解き、難民第一世代の視点を借りてパレスチナ現代史を改めて論じたい。
登壇者プロフィール(登壇順) 所属・専門・関連する著作3点程度
鶴見太郎(つるみ・たろう)東京大学大学院総合文化研究科准教授。歴史社会学、ロシア・ユダヤ史、シオニズム・イスラエル史。『ロシア・シオニズムの想像力ーユダヤ人・帝国・パレスチナ』(東京大学出版会、2012年)、『イスラエルの起源ーロシア・ユダヤ人が作った国』(講談社、2020年)、From Europe's East to the Middle East: Israel's Russian and Polish Lineages, Eds. with Benjamin Nathans and Kenneth B. Moss (University of Pennsylvania Press, 2021)
今野泰三(いまの・たいぞう)中京大学教養教育研究院教授。パレスチナ/イスラエルの歴史と政治を研究。「イスラエルの新政権と右派の盟主を巡る闘争」(『中東研究』543号、2022年)、『ナショナリズムの空間――イスラエルにおける死者の記念と表象』(春風社、2021年)、共編著に『教養としてのジェンダーと平和Ⅱ』(法律文化社、2022年)
髙橋宗瑠(たかはし・そうる)大阪女学院大学教授。国際人権法、国際人道法、国際難民法。2009年から2014年まで、国際連合人権高等弁務官事務所パレスチナ事務所副事務所長。Civil and Political Rights in Japan: a Tribute to Sir Nigel Rodley (Routledge, 2019)、『パレスチナ人は苦しみ続ける―なぜ国連が解決できないのか』(現代人文社、2015年)
江﨑智絵(えざき・ちえ)防衛大学校人文社会科学群国際関係学科准教授。パレスチナ問題を中心とする中東国際関係論。(単著)『イスラエル・パレスチナ和平交渉の政治過程分析―オスロ・プロセスの展開と挫折―』(ミネルヴァ書房、2013年)、(共著)長谷川雄一・金子芳樹編著『現代の国際政治[第4版]』(ミネルヴァ書房、2021年)、(論文)「非国家主体の対外関係とその規定要因―ハマースを事例として―」『国際政治』第195号、2019年3月、108-122頁
山本健介(やまもと・けんすけ)静岡県立大学 国際関係学部講師。中東地域研究、パレスチナ/イスラエル研究。『聖地の紛争とエルサレム問題の諸相―イスラエルの占領・併合政策とパレスチナ人』(晃洋書房、2020年)、「アラブ・ムスリムのエルサレム参詣を巡る論争―「古くて新しい」問題の今日的展開」『立命館アジア・日本研究学術年報』(第2号、2021年)、「紛争下の聖地と宗教儀礼―エルサレムにおける祝祭日の政治」『現代宗教2022』(2022年)
錦田愛子(にしきだ・あいこ)慶應義塾大学法学部教授。パレスチナ/イスラエルを中心とする現代中東政治、移民/難民研究。近著に「聖地エルサレムをめぐる攻防――占領と分断の現代史」神崎忠昭・長谷部史彦編著『地中海圏都市の活力と変貌』(慶應義塾大学出版会、2021年)、「多文化主義――イスラエル左派運動とシオニズムの桎梏」浜中新吾編『中東政治研究の最前線:イスラエル/パレスチナ』(ミネルヴァ書房、2020年)、「ハマースの政権掌握と外交政策」(『国際政治』177、2014年)
役重善洋(やくしげ・よしひろ)同志社大学人文科学研究所嘱託研究員。敬愛大学非常勤講師。パレスチナ研究。キリスト教史。主著に『近代日本の植民地主義とジェンタイル・シオニズム―内村鑑三・矢内原忠雄・中田重治におけるナショナリズムと世界認識』(インパクト出版会、2018年)、編著書に、Global Transformation of Christian Zionism(オンライン、2022年)
末近浩太(すえちか・こうた)立命館大学国際関係学部教授。中東地域研究、比較政治学、国際政治学、特に東アラブ諸国の国家と紛争を研究。『中東政治入門』(ちくま新書, 2020年)、『イスラーム主義―もう一つの近代を構想する』(岩波新書, 2018年)、『イスラーム主義と中東政治―レバノン・ヒズブッラーの抵抗と革命』(名古屋大学出版会, 2013年)
田浪亜央江(たなみ・あおえ)広島市立大学国際学部准教授。中東地域研究、パレスチナ文化研究。(単著)『〈不在者〉たちのイスラエル―占領文化とパレスチナ』(インパクト出版会、2008)、(共著)『周縁に目を凝らす マイノリティの言語・記憶・生の実践』(彩流社、2021)、論文「パレスチナ社会における歓待のジレンマ―オスマン末期を舞台としたテキストを手がかりに」(『アジア太平洋レビュー』16、2020)。
金城美幸(きんじょう・みゆき)立命館大学生存学研究所客員研究員。パレスチナ地域研究。「パレスチナとの交差を見つけ出すために――交差的フェミニズムと連帯の再検討」在日本韓国YMCA『交差するパレスチナ――新たな連帯のために』pp.19-46、新教出版社、2023年。「イスラエルの新自由主義政策と刑務所システム――パレスチナ人支配の強化とグローバルな連帯」松下冽・山根健至編著『新自由主義の呪縛と深層暴力——グローバルな市民社会の構想に向けて』ミネルヴァ書房、2023年
鈴木啓之(すずき・ひろゆき)東京大学大学院総合文化研究科スルタン・カブース・グローバル中東研究寄付講座・特任准教授。中東近現代史(パレスチナ)。『蜂起〈インティファーダ〉―占領下のパレスチナ 1967-1993』(東京大学出版会、2020年)、共編著に『パレスチナを知るための60章』(明石書店、2016年)
宇山智彦(うやま・ともひこ)北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授。中央アジア近現代史、比較帝国史、権威主義体制論、ユーラシア国際政治を研究。編著書に『ロシア革命とソ連の世紀5 越境する革命と民族』(岩波書店、2017年)、『ユーラシア近代帝国と現代世界』(ミネルヴァ書房、2016年)、Asiatic Russia: Imperial Power in Regional and International Contexts (Routledge, 2012)
アクセス
東京大学駒場Iキャンパス21KOMCEE West B1F レクチャーホール(001)
キャンパスまで:①京王井の頭線「駒場東大前」(各停のみ)下車、東大口から「正門」経由で建物まで5分程度。
②小田急小田原線「代々木八幡」(各停のみ)およびメトロ千代田線「代々木公園」下車、「裏門」経由で建物まで18分程度。
キャンパスの門から:①正門から、時計台の建物の右手から裏側に進み、銀杏並木を横切り、そのまま建物(8号館)の開口部を抜けて右手にある新しい建物がWest(下写真)。
②裏門から体育館・生協のほうを目指し、生協の右手側にあるのがKOMCEE Eastで奥がWest(下写真)。
建物入口から:正面自動ドアから入ってエレベータでB1Fに降り、右奥の木製両開き扉の扇型ホールが会場。階段をご利用の場合は、右手側(下の写真では奥側)に回り込み、両開き扉を開くと階段があります。
◆車いすについては、地下までエレベータで下がり、会場の後方まではスムーズにお進みいただけます。駒場東大前駅ご利用の場合は、東大方面の東口にエレベータがないため、西口から降りていただき、線路横の坂を上ってください(お手伝いが必要な場合はご相談ください)。西口至近の坂下門は途中に階段がありますので正門からお入りください。
問い合わせ先:鶴見太郎 taro_tsurumi「あっと」yahoo.co.jp (「あっと」を@に変えてください)
主催:パレスチナ/イスラエル・スカイプ研究会
共催:科学研究費補助金基盤研究B「自己の諸側面から見るロシア・ユダヤ人の民族間関係:パレスチナ紛争に至る前史として」/科学研究費補助金基盤研究B「ポスト・オスロ合意期におけるパレスチナ人の新しいネットワークと解放構想の形成過程」/東京大学中東地域研究センター